本はまったく油断がならない。棚に並んで静まりかえっているくせに、近づくと、こちらを見下ろして目くばせをする。一冊を選んでいるつもりが本当はこちらが選ばれて、手に取らされている。扉を開ければ、千年の記憶やひとりの人間の想念に引き込まれ、その物語に立ち会うことになる。距離も時間もない、大いなる世界が片手で持てるほどの小さな物体の中に閉じこめられているのだから、考えれば考えるほど本は怪しい。人間はよくもこんな不思議な宝物を創り出したものだ。
本は、人間が創ったあらゆる物のなかでも特に美しい。4世紀には既に今見るようなかたちを持ち、7世紀には宝石のようなリンデスファーンの福音書が創られた。中世を通じて、本とは、写字生が一生をかけて一文字一文字書き記す、この世にひとつしかないものだった。1456年、本は始めて印刷され、同じものが2つ以上存在するようになった。以来、しだいに多くの人の手に届くものになり、いつしか玉石が入り交じることとなる。本当の宝として書架に鎖でつなぎ止められていた時代は遥かに遠く、今では日々大量の書物が製造され、消費され、破棄されている。それでも今日まで本が創られない日はなかった。しかし、コンピューターの出現によって、かたちと質量を持った本は、その存続さえも危うい時代にさしかかってきた。
数年前、私は階段の絵を描いた後、次は本を描くのだと決めていた。人間の手の創り出した、賢く美しいもの、なのにその存在の脅かされているものを描きたかったからだ。しかし、描けなかった。私が本のかたちばかりを知りながら、その真の重みをあまりにも知らないからだろうか。しばらくあちこちの図書館を巡った末に私はオックスフォードに辿り着く。この名高い学問の府に降り立った時、私のようにアカデミズムに縁のない人間がなぜここに来たのだろう、ここで何をするのだろうと訝った。しかし、オックスフォードは、珠玉のような図書館を数えきれないほど抱えた街だったのである。私は図書館に導かれてオックスフォードを訪れたのだ。一年を学問に親しんで過ごしたのち、私はやっと本を描き始めた。
ここに描かれているのは、12世紀から続く学問の街の、石塀に幾重にも囲まれ、鍵のかかった扉の奥にひっそりと隠れたいくつかの図書館の肖像である。最も古いものは1373年に建てられている。図書館とは知識や思想や物語が保存され、そこに学んだ人々の記憶が蓄積されているところだった 。 |